2011年11月06日

あいすちゃんへ にのみやさをり

にのみやさをりさん著 「声を聴かせて」を読んだ。

性犯罪被害者サポート電話「声を聴かせて

射影鏡

空樹海風


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ぱっと見た目は、分厚い本である。
厚みだけ見ると、「読むのが大変かもしれない」と思う人もいるだろう。
しかし持ってみると軽い。
241ページ。ちょっとした参考書と同じくらい。


何が違うのか。


紙の厚みである。
ざらざらとしている。
紙の本が好きなさをりさんのこだわりなのだろう。

触感は、電子書籍ではわからない。
今後はこのような付加価値が必要なのだろう、と思いつつ触る。ざらざら。


紙のざらざら、見た目よりも軽やかな本の厚み、色、文字。

これは「にのみやさをりさん」


「にのみやさをりさん」を、キーボードの横に置いて、私は今、この記事を書いている。


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さをりさんと出会ったのは、高円寺鍼灸整骨ようじょう、である。
(私がここに通っている記事は こちら
らみぃさんのお友達が来る、ということだった。

写真家さんだ、という色。意志の強そうな眼。
ようじょうに置いてあるフライヤーには痛くなるような白黒の写真。
当時の個展開催のリンク

痛くなる青い空はわかるけれど、痛くなる白黒写真というのは
セバスチャン・サルガドさんで感じた以来で、とても気になった。

当時、ようじょうに通いだしたばかり。
施術あとの体調が安定しないあいすさんは、フライヤーだけ持って帰った。
(このことをさをりさんは忘れているw)

少しして。
らみぃさんのツイートから、Twitterにいらっしゃるのを知った私は話しかけた。

そこからなんだか気に入ってもらえた?のか、
個展へお邪魔したり、して、今の関係に至る。


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私は、他人が自分をどうみているのか、ということに興味がある。
自分が知らない世界を知っている人にも興味がある。
自分を理解することにつながるからだ。

私は、推し量る力が強いため(詳しくは次の記事で
簡単に共依存に陥ってしまう。

だからこそ、そうならないようにそこから抜け出せるように
少しずつ少しずつ、考え方を変えてきた。

自分がこの言葉を発したことで、相手が傷つくのではないか、
いやな思いをするのではないか、
という考えは、今も消えることはない。
もちろん、相手が傷つくのは相手次第である。それは理屈はわかっている。

それでも。

だから。

私は他人を観察する。
観察して分析推測をする。
そして発する言葉でその推測が正しいかを試す。


誰と会話をするときも考えるのだが、

さをりさんとお話しするときにも、同じように考える。
私には被害者の気持ちがわからない。だから、せめて知識は入れようとする。

その努力が実際うまく作用しているのかどうなのかわからない。
けれど、にのみやさをりさんは私と会ってくださる。
その事実に私は毎回ほっとしている。


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「にのみやさをりさん」は淡々と、起こったことを私に語る。

「にのみやさをりさん」に寄せた、田口ランディさんの言葉で、はっと気がつく。


「傲慢」


自分に何かあるのではないかとおもうことすら、「傲慢」なのではないだろうか。

でも、何かあるのではないかと、思わないと、
私は壊れてしまっていたと思う。

11歳のころから感じていた孤独を、
自分から行動したことによって和らげてきたという事実は、
私に自信を与え、今の環境と考え方をもたらした。


「傲慢」さが表現者に必要なのであれば、
これを否定するのではなく、生かしてゆきたい。



「にのみやさをりさん」は今もキーボードの横にいる。

表現をすることに悩むことがあれば、
半ば強制的に書いていただいた

「あいすちゃんへ にのみやさをり」

を眺めて、また、表現を再開することにする。




考える機会を与えてくださった、にのみやさをりさんはじめ、
私にかかわるすべての皆様に感謝します。

いつも、ありがとうございます。
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posted by あいす at 23:46| Comment(0) | れぽーと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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